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夏の巻 第十八帖

自分が自分生むのであるぞ。


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夏の巻 第二十四帖

すべて世の中の出来ごとはそれ相当に意義あるのであるぞ。
意義ないものは在存ゆるされん。
それを人間心で邪と見、悪と感ずるから、
狭い低い立場でゐるから、いつまでたつてもドウドウめぐり。
それを毒とするか薬とするかは各々の立場により、考へ方や、処理方法や、
いろいろの運び方によつてしるのであるから、心せねばならんぞ。
「今」に一生懸命になりて下されよ。

夏の巻 第十七帖

神の姿は総てのものに現われてゐるぞ。
道ばたの花の白きにも現われてゐるぞ。
それを一度に、すべてを見せて、
のみこませてくれと申しても判りはせんぞ。
判るところから、気長に神求めよ。
総ては神から流れ出てゐるのであるから、
神にお願ひして実行しなければならん。
この判り切つた道理、おろそかにして御座るぞ。
そこに天狗出てゐるのぞ。

夏の巻 第五帖

なりなると申してあろうが。
なると申すのは内分は同じであるが、形の変ることであるぞ。
ウムとナルとは同じであつて、同じでないぞ。

夏の巻 第十帖

過去も未来も中今。神も人間と同じで、弥栄して行くぞ。
悪いくせ直さねばいつ何時までたつても自分に迫つてくるもの変らんぞ。
おかげないと不足申してゐるが、悪いくせ、悪い内分を変へねば
百年祈りつづけてもおかげないぞよ。
理窟なしに子は親を信ずるぞ。
その心で神に対せよ。神が親となるのぢや。
目と口から出るもの。
目の光りと声とは、実在界にも実力もつてゐるのであるぞ。
力は体験通して出るのであるぞ。